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前回の
[食べ歩き韓国8(3日目) お、ここは北朝鮮!!板門店へ] の続きです。 昼御飯の後は、バスが変わります。 私の場合、午前と午後のセットのツアーを申し込んでいました。 日本人チームと英語圏チームが一つのバスに乗って移動。 ガイドは2名体制で、交互に日本語と英語で説明。 まず最初に訪れたのは、こちら 「第3トンネル」 北朝鮮が作ったと言われている北と南とをつなぐ 軍事用のトンネルです。 トンネル内は撮影禁止なので、荷物を預けて、 ヘルメットをかぶり、トロッコに乗り込んで いざ、地下へ トロッコはかなりゆっくり地下へ地下へと進み 地上から70m位の地点まで下ります。 かなり冷えますね。 そして、ヘルメットが大活躍。 トロッコに乗っている時点で、カツカツ当たります。 トロッコを降りてからも、 トンネル内の高さは1.6m~2.0m位なので、 都度都度ガツガツぶつかります。 首がもっていかれそうになることも・・・ 中腰の体制を強いられるので、 かなり辛かったです。 トンネル内のところどころに黄色丸印のマーキングがあり、 ダイナマイトを指した後であると、 その方向が明らかに北側から掘り進められた証拠であるとのこと。 あとは傾斜や偽装工作として、壁面に炭が後から塗られていた なども、証拠としてあげられていますが、 きっちりと北側が認めていないため、 ガイドの言い回しからも、もやっとした感じでした。 韓国併合時代の日本軍が炭鉱発掘の為に掘った などという説もあるそうです。 現在、軍事境界線付近は分厚い扉でふたがされ、 国連軍による警備がされていました。 交代制ではあるとは思いますが、 こんなところでの任務はつらいですね。 夏は涼しいかもしれないけど(笑) 地上に戻る際も、トロッコに乗ります。 希望者は別途観光用に掘られた別のスロープを 自分の足で登ることも可能なようです。 お次にシアタールームに案内され、 第3トンネルに関しての説明の上映会。 今回日本人の方が多いようなので、日本語での放送。 英語用や中国語用のヘッドフォンが用意されていました。 さすが多言語対応が進んでいるなぁー その後は、少し自由時間があり、資料館や広場などを見学。 ちなみにトンネルの上は立ち入り禁止 地雷原になっているとのことです。 バスで移動して 「都羅展望台」 施設の中に入ってまずは映像を見て(日本語版でした) 国連軍の案内の元、展望台へ。 DMZはもちろんのこと、 北朝鮮の建物などの風景を見ることが出来ます。 カメラでの撮影は、黄色の線の外側からを許可されています。 っていっても、展望台の壁側に人がたくさんいるので、 そこからの写真は大したものが取れませんでした。残念。 さらにバスで移動し、 「都羅山駅」 韓国最北端の駅です。 ソウルまで56km、開城まで17km、平壌まで205kmと 案内板には書かれていました。 韓国と北朝鮮を自由に行き来することが出来たならば、 韓国からヨーロッパまで鉄道で行けることになると。 どれだけ時間が掛かるんだろうか・・・ 一応、出国手続きをするイミグレも建物としては用意されています。 500ウォンで入場券を購入し、構内入ることが可能。 記念スタンプが押されていて、 中にはこの平壌の入国印をパスポートに押してしまう やんちゃさんもいるようで(笑) どうなることやら・・・ 駅の改札口には、兵士がちゃんと警備。 構内にも兵士が巡回警備していました。 当然、線路沿いに歩いて行けば、北朝鮮に行けちゃうわけですからね。 あとはバスでソウルに向かうだけ。 爆睡したことは間違いないです(笑) ちなみに、DMZ内および周辺では、 まったく無線WiFiルーターは機能しませんでした。 制限が掛かっているんでしょうね。 今回、「板門店&第3トンネル同時ツアー」 に参加して、本当に本当に良かった♪ さて、まだまだ続きます。 つづく ポチっと応援お願いします。 ↓ ![]() ![]() PR |
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さーやっと韓国3日目です。
この日は「板門店」へ 事前にネットで現地ツアー申込。 今回の訪韓においてかなり楽しみにしておりました。 前回の [食べ歩き韓国7(2日目) 水原からソウルへ] からの続きです。 実は前日早く就寝する予定でしたが・・・ カジノに行ってしまい・・・ 夜中の3時まで・・・ 結局負けました・・・ ツアーは8時半集合だったので、 早めに起きて、眠い中、ホテルの朝食を。 ツアー集合場所のロッテホテルに向かい、 まずはツアーデスクで名簿確認。 ツアーバス出発場所を教えてもらいます。 こちらのバスに乗っていざ出発。 バスは2台連なり、1台は、日本人チーム、もう一台は英語圏チーム。 ツアーデスクで割り振られた席通り、全席指定です。 バスの中では、ガイドさん(日本語で) これから行く場所の話を面白可笑しく説明。 そして、この日はちょうど「北朝鮮の地下核実験」の報道があった日。 もしかしたら、ツアーは中断になっていたかもしれないと。 実際に、何度も事前に中止や途中で引き返すことになったらしい。 ツアー中の注意事項では、 北側の人間に対しての行動で以下のことは慎むようにと。 ・手を振る ・指を指す ・話かける どれも北側の人間に、脱北を促しているのでは というアクションとしてみなされてしまうのである。 これは「ドラえもんの手」作戦しかありません。 グーでいれば大丈夫だと(笑) 写真に関しては、撮影OKの場所であれば、 自由に何枚でも撮影可能! とはいっても、本当に許可された場所だけなので、 圧倒的に許可されてない場所の方が多い。 バスからの窓越しの撮影もNG。 当然ながら、北へ逃げ込もうなんて行動も。 その場で銃で撃たれかねないと。 そうなんです。 非武装地帯と言えども、板門店には銃が存在する。 非武装地帯(DMZ)というのは、軍事境界線の、 すなわち南北の国境の両側2kmずつの幅で設けられた (つまり合計4km幅の)緩衝地帯です。 よく38度線と耳にしていましたが、 実際には、きっちり38度ではなく、 東端と西端ではバラつきがあります。 (ということを知ったのもガイドさんのおかげ) このエリアの中には一切兵器を持ち込めないことになっていますが、 板門店だけは例外で、板門店の共同警備区域(JSA)に入る場合は、 兵士は必ずピストルで武装することになっている。 不測の事態が生じた場合は、発砲が認められているとのことだ。 要するに「何かおかしな行動をすれば、撃たれますよ」 と再三注意を促されたわけです。 そして、ガイドさんもひとたび施設内に入れば、ガイドではなく あくまで通訳として、一人のお客となり、 国連軍兵士がエスコート役となるので、その兵士に従うこと。 その兵士も実は無線で指示を受けているので、本部の判断が絶対!! そんなこんなで、ソウルから1時間くらい走り、 キャンプボニファスに入る前で、一度パスポートチェック。 これは名簿を見て、人数を数えるだけで終わりました。 このボニファスという名称は、 「ポプラ事件」で亡くなったボニファス大尉から命名。 さらに先に進み、一度バスを降りて、 会議室のような場所で、大きなスクリーンで 板門店について、歴史的背景などなどの上映。 「訪問者(見学者) 宣言書」 なるものに署名を。 第一条には、 板門店共同警備区域へ訪問は、敵性地域への立ち入りを意味し、 敵の行動によっては危害をうける、又は死亡する可能性がああります。 共同警備区域は中立地域ですが、一方(南)は、国連軍の軍人により、 他方(北)は、北朝鮮の陸軍軍人によって、それぞれ分割警備されています。 国連軍のゲストの皆様は、軍事境界線を越えて北朝鮮の管理する 共同警備区域へ立ち入ることは許されておりません。 また、事変、事件を予期することをはできませんので、 国連軍、アメリカ合衆国及び大韓民国は訪問者の安全を保障することは できませんし、敵の行う行動に対し、責任を負うことはできません。 やはり、ただの国境線ではない。 ツアーと言えども、緊張感が走ります。 ピリピリとした空気感。 安全な場所ではないんだという実感。 訪問者用のパスを渡されて、胸につける。 建物を出ると、ここで国連軍のバスに乗り換え、 バスの中で、またパスポートチェック。 ここでは、一人一人、顔写真のページを確認。 途中、小屋のようなところの前でバスは止まり、 エスコート役の兵士が降りていく、 話によるとここで拳銃に弾を込める。 パスポートチェックの時から、 腰の拳銃は気になっていたが、 戻ってきたときには、弾丸が込められているかと思うと。 やはり気になった。 さて、いよいよ板門店へ。 バスを降りて、2列に整列し、列を乱すことなく進む。 当然写真撮影などはDMZ地帯に入ってからは許可されず。 すぐに、軍事停戦委員会 本会議場に通され、 ここでは写真撮影OKとのこと。 韓国側、北朝鮮側にそれぞれ1人。 また中央に1人兵士が微動だにせず立っている。 中央の兵士、それが今回の記事の最初の写真である。 この会議テーブルの左側が韓国、右側が北朝鮮。 ちょうど国連旗が立っているところが境目です。 写真撮影のために何度か行き来しているので、 1日で何度も、韓国と北朝鮮を行き来したことになる。 パスポート上の記録には残らないが、 私の記憶にはしっかりと刻まれたのである。 正確には、北朝鮮側のDMZを超えなければ 正式に北朝鮮入りしたことにはならないんでしょうけどね。 いいんです。 私の中では、北朝鮮に来たことになっています(笑) そして、窓越しであれば、外を見ることも可能。 写真もOK コンクリートで一段高くなっているところが、軍事境界線です。 左側が韓国、右側が北朝鮮 ちなみにこの 本会議場に入るには、 運不運があるようです。 当然国家間の緊張状況によって、 DMZ内自体に入れないことすらあるのですが、 この 本会議場へは、早い者勝ちで利用可能 というルールあり。 北側の観光客が先に使っていた場合、 そちらが退出するまで、利用不可。 その為、目の前まで来ても、中に入れないという 訪問者もいるそうです。 20分位で、 本会議場を退出 左側の建物が今まで入室していた場所。 この日は、北朝鮮軍の兵士は、軍事境界線近くにはおらず、 正面の北朝鮮側の建物の前に1名居ただけ。 時折、双眼鏡でこちらの様子を確認していた。 何かあれば、これまた銃で撃ってくるのでしょう・・・ それにしても、国連軍の兵士達は、微動だにしません。 街角でパフォーマンスをする動かないパントマイムの人のように。 そして、建物に半身を隠し立っている兵士は、 いつでも拳銃を抜けるように手を腰の辺りに浮かした状態で 微動だにしない。 恐らく徴兵された若者韓国人だと思われるが、 最前線でこういう経験をしている人間と のほほんと平和な世界で暮らしている人間とでは 精神力というか、根性の座り方が違ってくると思います。 昨夜のニュースでは、北朝鮮側が、 北朝鮮が休戦協定を白紙にするなどと宣言が出され、 この板門店では、さらに緊張感が高まっていると思います。 現在ツアーは開催されているのでしょうか? 本当に貴重な経験・体験が出来たと思います。 歴史の1ページとしてとらえてなかった南北問題ですが、 新たな知識と現状を見ることが出来たと実感です。 さて、また国連軍のバスに乗り込み、板門店周辺を走ります。 「帰らざる橋」 バスの中からだけの見学です。 休戦協定が調印されてから 南と北の捕虜を交換した場所。 どちらに残るかその時決めることが出来たそうですが、 一度方向決めて橋を渡ったら、二度と帰ることが 出来なかったことから「帰らざる橋」と呼ばれているそうです。 たしかここも、本会議場のところも 映画「JSA」の舞台になっていましたよね。 随分前に見たので、記憶がおぼろげです。 改めて見直してみるのもいいかなぁと思います。 そして説明を受けた元の場所へ。 ここでは、お土産屋さんがあり、 JSAグッツや北朝鮮のお酒、紙幣などを購入可能。 私は結局なにもその場では買いませんでしたが、 何か買っておけばよかったかなぁとちょっと後悔。 ツアーバスに乗り換えて、周辺の説明を受けながら、 板門店から離れていきます。 サービスエリアのような場所でバスを止めて、 ここで20分位の自由時間がありました。 「臨津閣(自由の橋)」 こちらの機関車は朝鮮戦争時代に銃撃にさらされて放置されていたもの 平和の願いが込められています。 バスに乗り込むと、セールスが始まります。 実は各ポイントで、ツアー客団体の記念撮影が行われていました。 それがアルバムとなって販売。 ガイドとは別にカメラマンの人も同行していたのです。 なんと、抜け目ない(笑) でも、2万5千ウォンだったので、 記念だと思って、 買っちゃいました♪ さーお昼御飯です。 ツアーの中に昼食もセットで含まれています。 DMZ周辺には、民間人が生活するエリアもあり、 自由の村と呼ばれ、元軍人や希望者が生活することが出来たそうです。 今は、その権利は世襲制で代々受け継ぐ土地になっているようです。 生活する上で制限も多く、 1年のうち 8ヶ月は自由の村に住まねばならず、 門限は23時という規制があります。 ただし、兵役免除や免税といったメリットもあり。 かなりの収入を得ることが出来るようです。 このレストランもそういった方が運営しているとのこと。 観光客が有無を言わさずツアーで連れて来られるのですから、 それなりに安定した収入があるでしょうね。 昼食はプルコギ定食。 追加(別料金)で、チジミやお酒などを注文も可能。 私はとりあえず、このプルコギ定食で満足♪ さて、だいぶ長くなってしまったので、今日はこの辺で。 まだまだ続きます・・・ 上海情報が気になる方はこちらから。ポチっと。 ↓ ![]() ![]() |
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前回の [食べ歩き韓国6(2日目) 歩き疲れた後のビックリ昼飯]
からの続きです。 かなりお腹がきつい状況でしたが、観光を続けます。 次に訪れたのはこちら 「華城行宮(ファソンヘングン)」 王の別邸ですね。 一時期は、水原への遷都も考えていたようなので、 もしかしたらこの場所が政治の中心地になっていたかもしれない。 入場料は1500ウォン むー、総合チケットを買っていたので、スルー出来ますが、 もう一箇所行かなければ、元が取れないのか(笑) チャングムの誓いのロケ地でもあるようです。 各所にチャングム関連の展示がありました。 でも、時代背景的には違うはずなんですけどね・・・ とにかく広い。 王はたまにしか来てないところでしょうに・・・ さて、お次は、 「水原華城博物館」 入場料2,000ウォン 。これでやっと元が取れた♪(笑) 博物館系は嫌いではないのですが、 ここはなんとなく興味が湧かなかったです。 食べ過ぎ、歩き疲れが出始めてたかも。 総合チケットではもう一箇所博物館に行けるのですが、 少し遠かったのと時間的にそろそろ移動しなければという 状況だったので、 水原での観光はこれで終了。 一旦ホテルに戻って、荷物を受け取り、 タクシーで「水原駅」へ イメージしていたよりも大きな駅で、周辺も栄えていました。 最初からこっちの方に宿を押さえておけば良かった(笑) さー!いざ、ソウルへ。 特急系の列車もあるのですが、のんびり地下鉄で。 上海と同様郊外エリアは地上を走っています。 ソウル市内までは約1時間の電車の旅。 この路線(地下鉄1号線)はソウル駅に繋がっていて、なんとも便利。 ただ、外の景色を眺める余裕はなく、眠気との格闘でした(笑) ソウル中心街に着くころには日も暮れて、 まずはホテルにチェックイン 明洞にある「スカイパークホテル セントラル」 なかなか綺麗な部屋です。 各フロアーのエレベータホールに無料で使えるマニュキュア常備。 女性客を意識した作りとサービスを感じます。 私にはまったく恩恵がないのですが・・・ 荷物を置いて、早速、晩御飯を。 ソウルでの第一回目のお食事は・・・ 生レバ刺しとユッケでお酒を飲もうと思ったのですが、 旧正月休みでした。残念(T_T) 近くの屋台街へ 韓国でのドラマなどでもよく見る光景。 よし、今日はここだと決めて、 キンパ(海苔巻き)や韓国おでんなどが食べることが出来るお店へGO まずは、ビールとキンパを。 サービスでついてきたおでんのスープを飲んでいたら、 食べたくなっちゃうじゃない(笑) 韓国おでんも頂きました。 全部で9000ウォン 安いですねー 夜はかなり冷えるソウル。 おでんで体も温まり、お酒も入って心地よい。 そしてこの屋台ですが、実は、お尻の部分がめちゃくちゃホットなんです。 椅子自体が伝熱椅子になっているように、 ずっと座っていると低温やけどしそうなくらい温かい。 ここの屋台のおばちゃんが少し日本語を話せるようで、 アレもコレも食べろと勧めてきます。 さすがにまだ昼の後遺症が残っていて、 キンパとおでんだけで終了。 翌日が朝早いので、早めにホテルに戻って就寝するのでした。 まだこのシリーズ、先が長いですが、 上海情報が気になる方はこちらから。ポチっと。 ↓ ![]() ![]() |
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